建築

2011年10月29日 (土)

庭いじり&陶器市

先日キャンピングトレーラーを売却したことにより、その四角い物体が位置していた場所がまる見えとなってしまった。
 
元々は車の駐車場としてインターロッキングでデザイン貼りをして、その間にタマリュウを植えていたのだが、トレーラーを置いたためまったくの日影となってしまい、ほとんど育たなかった。
 
それが思いっきり日が当たるようになったため、タマリュウを復活させてみることに。
さとみと一緒にシコシコと土いじりの結果・・・
 
Dscn1859 すっきり♪
 
今まで生育が不均等に差がありすぎたものを、きれいに植え替えてみた。
どれだけ育つのか楽しみ♪
 
ある程度格好がついたところで、緑山スタジオで開催されている陶器市に行ってみた。
 
休日で初日で好天とあってけっこうな盛況ぶり。(写真撮影禁止だと)
 
ちょうど欲しかった(割ってしまった)ものを揃えてみた。
 
Dscn1862 夫婦茶碗
 
Dscn1863 箸
 
Dscn1868 汁椀
 
先方も気前よく値引いてくれたけど、交渉してさらにお安く購入。(大阪人か)
これだから市は面白い。
 
時間があったらまた来てみよう。
 

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2011年10月23日 (日)

ヨコハマトリエンナーレ

久しぶりにトリエンナーレに行くことになった。(5年ぶり?)
当然?子供たちは着いて来ないのでさとみとふたりで。
 
電車と車と自転車のどれで行こうか悩んだけど、朝イチで現場作業してたため時間と体力がなくなり(笑)、結局電車で行くことに。
  
と言いつつも、最初は会場に行かずに赤レンガ倉庫へ。
シーフードバイキングでランチ♪
 
430649989 どーん
 
バイキングは数多く行けど、シーフードメインというところははじめて。
質もよくなかなかレベル高し。
 
430691687 デザートもいきます
 
お腹が満たされたところで、引き続き倉庫で買い物。(おいっ)
 
ようやく日本郵船の倉庫に移動し、会場入りする。
 
Dscn1826 天井から根っこ
 
Dscn1830 かばさん
 
最初はわかりやすかったが、だんだんと難解に。(笑)
 
Dscn1832 砂山に芽?
 
Dscn1834 座ると蒸気が!
 
Dscn1838 光のアート?
 
まぁ前衛的と申しましょうか、革命的と言うのでしょうか。
凡人にはとても理解の域に達せない。(楽しいけどね)
 
Dscn1840 ぶつ切り鉄骨?
 
Dscn1841 くらげ?
 
Dscn1845 中に芸術が?
 
Dscn1847 きれい
 
ひと回りしてシャトルバスに乗り込み(爆睡!)、同時開催の横浜美術館へ向かう。
 
まず迎えてくれたのはガラスの迷路。
真ん中に電話機があり、運が良ければオノ・ヨーコから電話が掛かってくるそうな。
 
Dscn1848 
 
こちらもさらに難解な展示がいたるところに。
 
Dscn1849 女性そのものが展示?(後で歩いて退出してました笑)
 
Dscn1850 一面の画鋲
 
Dscn1851 天井からガラス玉
 
Dscn1852 グルグルの中にグルグルが
 
夕方近くになるとどこも混み合って来て、長時間並ばないと見れない展示も増えてきた。
さすがに足も疲れてきたので名残惜しくもさらっと流して外に出る。 
 
Dscn1854 モアイ像?
 
結局最後まですっきりすることはなかったが(笑)、なかなか刺激があって面白かった。
また機会があったら行ってみたい。
 
Dscn1856 すっかり陽もおちました
 

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2011年10月18日 (火)

トイレから水漏れが!

我が家の2階のトイレが、最近ちょろちょろと水漏れするようになってしまった。
 
消去法で探ってみると、どうやらロータンクの排水栓にあたるフロートゴム玉が原因らしい。
 
はじめはゴム玉にブルーレットみたいな洗浄剤が雪だるま式にこびり付いて、デコボコした隙間から水が漏れてるのかと推測した。
 
なので、まずは取り外して年輪のようにこびり付いた汚れを拭き拭きして戻してみたが、結果は変わらず。
 
よくよく見るとゴムが劣化してボロボロになっている。
こりゃぁ経年劣化だわと、あきらめて交換することにした。(よく11年ももったものだ)
 
早速メーカーのHPを探ると出てる出てる、部品番号から交換方法からオンラインでの購入方法まで。
 
しかし商品到着まで数日かかる。
朝の忙しい時にトイレがひとつしか使えないのは大問題。(ただでさえ取り合いなのに笑)
そんな悠長なことは言ってられない。
 
ダメ元でショールームに電話を掛けると、「ありますよ。」
おっ、やりぃ。
 
すかさず現場に行くついでに寄ってお買い上げ。
 
窓口の人は品番を言うだけであぁあれですねって感じで、実に手慣れている。
やっぱりこの手の問い合わせは多いのかな?
 
ってことで新旧比較。
 
Dscn1813 見た目にあきらか
 
こうやって並べるとさすがに違いがよくわかる。
 
早速交換してみると、バッチリ水が止まった。
よし、これで朝の戦いを未然に防いだゾ。(よかったよかった♪)
 
・・・しかし気になるのは1階のトイレ。
同じ機種で同じ年数経過してるし・・・大丈夫なのか?
 

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2011年9月16日 (金)

水戸も被災地

最近仕事で茨城に行く機会が多いのだが、それを知った知人から別件の依頼があった。
 
その方は水戸出身だが現在は厚木在住で、実家が被災して半壊したので解体して欲しいとのこと。
 
早速現地に行ってみると・・・
 
Dscn1513 
 
壁は抜け落ち、瓦は剥がれ、屋根も崩れている。
これではとても怖くて住めたものではない。
 
Dscn1523 
 
と、調査中にも震度4の地震が!
たまたま車の中にいたのだが、最初は同行者が貧乏揺すりしてるのかと思った。(笑)
 
いやー大きかった。
家がまた崩れるのかと思ったくらい。 
  
水戸は地盤が悪いせいか、この家のようにかなりの建屋が被災にあっている。
屋根にブルーシートを被せた家をあちこちで見かける。
このような地域であるから、被災した家を解体する場合に一部の産業廃棄物(ガラ、瓦等)の処分費が免除になっている。
 
日立も被災しているが、水戸の方が悲惨な状況だ。
 
何度も言うが被災に遭ったのは東北だけではない。
茨城もかなり被災している。
 
一日も早く復興して、なんとか元気を取り戻して欲しい。
 

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2011年7月25日 (月)

再び石巻へ

石巻に来るのもこれで四回目。
 
東京-宮城という遠隔地であるが故のリアルタイムに情報伝達が出来ないもどかしさを乗り越え、ようやく工事着工にまでこぎつけた。
 
ただ今回は朝早くから作業をするのでいつものように高速バスという訳にはいかない。
大事をとって前日からの現地入りとなった。(ようやく新幹線!)
 
Dscn0845 付近にはまだまだ震災の爪跡が
 
当日は秋を思わせるような涼しさでまさに現場日より。
快適な環境下で各人の連携もよく、作業は順調に進んで行く。
 
Dscn0847 石巻マンガロード
 
あっという間に夕方となり、このまま最後まで見届けたいところだが、諸事情で帰らなくてはならない。
名残惜しくも帰宅することに。(帰りも新幹線!)
 
あと3日ほどで工事は完了するが、その後に諸々の申請作業で最低1回は行かなくてはならない。
再びこの地を訪れるのは8月お盆前か?
 

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2011年7月20日 (水)

三度目の仙台・石巻

今手掛けている石巻でのプロジェクトだが、今週金曜日からの本格工事を前に、役所への申請やら設備業者との打合せやらでどうしても現地へ出向かなくてはならなくなった。
しかも日帰りで・・・(ゆっくりさせろぃ笑)
 
三度目ともなると移動手段を検討するのも手慣れたもの。
やはりコストパフォーマンスを考えると高速バス以外考えられない。
よってすぐさま予約、その日の夜からの移動となった。
 
しかし台風の影響か東北道の一部が通行止め、多少距離は延びるが常磐道を使わざるをえなくなった。(実家の近くを通るし)
 
仙台では食事の合間に3時間ほどで書類関係をまとめ上げ、再び高速バスに乗って石巻に移動する。
 
現地での滞在時間はわずか90分、被災地という感傷に浸る暇もなく慌ただしくも仙台に戻る。
 
そしてただ今東京に向けて移動中。
家に帰るのも本日中の予定。(何時間バスに乗ってるんだ?)
 
こんなバタバタな強行スケジュールだが、これはこれでけっこう面白い。
だんだんと仙台もわかってきたし。
 
さて次の宮城訪問はあさって。(また!?)
今度はお泊り付き。(うれしー)
少しはのんびりできるかな。
  
復興支援という名のもとに地元に貢献してきます。(なにを?)
 

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2011年7月10日 (日)

二度目の被災地へ

先週に引き続き、仙台を経由して石巻市へ行って来た。
 
さすがに車で行くのは疲れたので新幹線・・・といきたいところだが、これからあと数回は行かなければならない、いわゆる経費がかさむので高速バスを選択。
 
深夜便で往復すれば宿に泊まることもないので経費は浮くが、その分自分の体にある程度の負担はかかる。
まぁそれは仕方ない。
 
新宿を午前0時に出発し、6時頃に仙台に到着する。
どこか空いている店は・・・と探すが見えるのはマックぐらい。
そこで朝ご飯がてらパソコンを開いて仕事する。
 
午前9時過ぎに再び高速バスに乗り石巻に向かうが、被災者優先のためか料金所が近くになると一般レーンに集中するため渋滞が発生する。
 
ようやく石巻市に入り、まずは市役所に行く。
本来は開いているはずのない土曜日だが、どの窓口でも職員がフル稼働。
 
そこの建築指導課で今回の事業の事前相談をするが、回りには「兵庫県」とか他県の腕章をした職員が多い。
なんでも被災した住宅の申請が7000件以上!あり、その対応に来ているそうだ。
 
続いてタクシーで打合せ地に移動するが、損壊した建物、動かない信号、全国から集まっている自衛隊に警察官・・・
前回ほどのインパクトはないものの、ここが被災地であることを改めて強く実感する。
 
Dscn0571 
 
さらに強烈なのが「異臭」。
 
気温が32℃であることも影響あるのか、街全体に漂う生モノが腐ったような臭い。
暑さも手伝ってか、ずっとそこに立ち止まっていると気持ちが悪くなってくる。
 
この不快感はとても耐えられるものではない。
これからより暑くなるので、この状況はますます厳しくなりそうだ。
なんとかならないものか。
 
そして慌ただしく打合せを終え、再び高速バスで仙台へ向かう。
 
その途中であちこちに見えるガレキの山、ブルーシートを被った壊れた家・・・
津波の影響を受けてない仙台にほど近い場所にも、現地で処理しきれないガレキが集められている。
 
この現実に目を背けては生きて行けない。
なんて辛いことだろう。
 
自分に出来るのは、この惨状を、この現実を、ただ伝えること。
 
次に来る時には何を感じるのか。
 

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2011年6月27日 (月)

目で見て感じなければわからないこと~被災地に行って その2~

続いて我々が向かったのは塩釜から33km離れた石巻市。
 
こちらで依頼を受けた会社の社屋も被災に遭い、移転を考えている。
 
移転予定の建物での打合せを終え、現社屋に移動しようとしたところ、相手の社長さんが言ってきた。
 
「まだ被災地見てないでしょ?ご案内しますよ。」
 
我々は車に乗り込み、社長の誘導に従って海岸に向かった。
 
そこには想像を絶する世界が広がっていた。
 
 
   ・・・ なにもない ・・・
 
 
Dscn0513
  
家屋は完全に流され、ガレキ以外何もない。
 
Dscn0537 住宅街が・・・
 
画像や映像では何度も見た光景だが、実際にこの地に来てみるとその圧倒的な衝撃に言葉が出ない。
 
写真では到底伝わらない、伝えられない現実。
 
Dscn0543
 
そしてここに足を踏み入れることを拒絶しているかのような、一面に漂う強烈な異臭。
  
信号すら流された交差点のほとんどで誘導する警察官。
 
火事で焼け落ちた学校。
 
Dscn0532
 
鉄骨だけ辛うじて残った幽霊屋敷のような建物。
 
Dscn0533 
 
逆さまになった巨大なタンク。
 
Dscn0559
 
段差だらけの道路。
 
他県ナンバーのパトカーが走り回り、自衛隊の車とも頻繁にすれ違う。
 
Dscn0573 避難所で生活する人々
 
流されて使えなくなった車は積み上げられ、
 
Dscn0544 
 
川沿いに延々と続く途方もない量のガレキの山。
 
Dscn0526 奥に見える壁はすべてガレキ!
 
それはとても処理しきれず放置されるばかり。
 
Dscn0560 
 
「この震災で一番被害が大きかったのが石巻なんですよ。」
 
そう話す社長の言葉がとても重い。
 
ここは本当に日本なのか?
 
本当に復興できるのか?
  
我々は何をしたらいいのか。
 
何が出来るのか。
 
何をすべきなのか。
 
ただただ自問自答するばかり。
 
およそ30分ほどの駆け足での視察だったが、あまりの衝撃の凄まじさに現実を受け入れることが出来ない。
 
・・・続く。
 

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2011年6月26日 (日)

目で見て感じなければわからないこと~被災地に行って~

今回被災地のふたつのクライアントからほぼ同時に設計の依頼があり、はるばる宮城県まで行くことになった。
 
交通手段は悩んだ末に車。
営業担当と二人で交代しながらの運転だ。
 
金曜日の夕方に出て途中の佐野SAで一泊。
翌日は朝4時半に出発、4時間掛けてまずは塩釜市へ入る。
 
まず目につくのが傷ついた建物。
瓦は剥がれ落ち、外壁には亀裂が入り、地盤沈下で基礎と地盤が分離している。
 
さらに海岸に近づくと、ある場所から急に状況が一変する。
あちこちの建物の1階の入口は破壊され、ブルーシートでふさがれている。
 
Dscn0491  
 
何艘もの船が陸に打ち上げられ、傾いたままになっている。
道路はうねり、砂や泥が浮いている。
信号は動かず警察官が誘導している。
  
複雑な思いを胸に地元の担当者とお会いする。
その彼が話したことは・・・
 
この場所は入り江になっているおかげで、津波の被害は比較的少なかった。
それでも1mの波がやって来た。
 
家が流されて避難所で暮らしている社員がいる。
車も流され使い物にならない。
 
裏山は崩れ、大きな岩がいくつも落ちてきた。
 
会社の床はヘドロだらけになった。
ようやくきれいにはなったが、壁は水を吸って膨らんだままだ。
 
隣の大型スーパーは今日ようやく営業が再開できた。
 
今でこそ笑っていられるが、当時は相当に打ちのめされた。
それでも立ち上ろうとみんなでがんばっている。
 
流された機材を購入したい。
でもスポンサーが半減し、かけられるお金がない。
 
壊れた建物を新しくしたい。
でも周りのことを考えると自分たちだけがよくなっていいのか。
 
本当は津波の来ない場所に移転したいが、それも出来ない。
 
「大津波はまた確実に来る。」と、どこかの学者が言っていた。
その恐怖に怯えながらも、またここで生きると決めた。
 
そうやって淡々と話す彼らの圧倒的な言葉の重みを前にして、我々はただ頷くしかなかった。
 
これが現実・・・
 
「できればもっと被害の大きな場所を見てほしい。」と最後に言われるが、次の打合せまで時間がない。
 
後ろ髪を引かれる思いでこの地を離れる。
 
 ・・・続く。
 

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2011年2月22日 (火)

大ショック!NZ地震

それは今日の現地時間昼過ぎのことであった。
ニュージーランド、それもクライストチャーチで大地震が。
 
街のシンボル大聖堂も・・・
 
Imgp5007 この立派な姿が
 
Low4 無残な姿に
 
ニュースで現地の映像を見るたびに心が痛い。
楽しい思い出をくれたところが・・・ホント涙が出てくる。
つい2ヶ月前に行ったばかりの場所だよ!
 
なんとか力になりたいがこの遠い地では無力。
この日本で現地のみなさんの無事を祈るばかり。
 
・・・義援金とか集めたりしないのでしょうか。
 

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